弥七のつぶやき
風が止むと、とても寂しい“かざぐるま”
だから……、元気にまわれる力がほしい
TVでお馴染みの『水戸黄門』の脇役で、なんとも地味な存在で登場する「かざぐるまの弥七」
が大好きです。当店の名称は「かざぐるま」ですから、店主の私もニックネームとして「弥七」
を名乗らせてもらうことにしました。一部の方はご存じですがあらためて表明いたします。

GWの高速道路(2010.5.23)
先日のGWに高速道路を走ってみました。
弥七がGWに出かけることは30年以上ありませんでしたが、テレビで観る渋滞の様子に大いに興味が涌き、昨年はこのコーナーで苦言を呈した1,000円で走り放題の特典を利用して渋滞がどんなものなのか野次馬根性で実行しました。
用事を済ませた猪苗代から自宅まで、とナビに設定して磐越自動車道に突入。
郡山JCまでは拍子抜けしていましたが、東北道本線に入ってすぐの渋滞情報が「この先45キロ渋滞」と出ていました。
「この先」とはどこじゃい……と思った途端に前方から次々にハザードランプが点滅して停車。
郡山付近が最後尾と想像できた。
それからは停車しているか、時速10〜15km走行が延々と続き、ときたま急に流れがよくなって時速7〜80kmで走れてもわずか15分も走ればまたハザードランプが待ち構える繰り返しが矢板まで続く。
途中の渋滞情報も40km、50km、25km、とコロコロ変わる。
郡山〜矢板間にはICが10ケ所、SAとPAは5ケ所あります。
つまり、この15地点での揉み合いが渋滞発生の第一の原因であることは明白です。
那須高原周辺では特に何もないのに渋滞が発生している。
これは登り坂におけるスピード調整に無神経なドライバーが元凶となる自然渋滞です。
次に多いのが案内表示板やオービスの手前でアクセルを緩める減速や、車内での会話とか悪ふざけが引き起こすのか意味のないブレーキによる後続車の連鎖反応。
何でもないカーブの手前でブレーキを踏むのも車内に原因があるのかも知れない。
さらに、こんな渋滞の中でどうして事故が起きるのか?。
その見物減速も渋滞に拍車をかけるわけです。
郡山から矢板の間で軽い接触と思われる2件の事故がありましたが、現場を通過すれば一気にスピードが上がりました。
矢板を過ぎるとSAの合流で少しだけノロノロ運転となったが、すぐに高速道らしい走行に戻って渋滞が緩和したかに思えた直後「宇都宮から先75キロの渋滞」とある。日光方面からの合流であろう。
この先の北関東自動車道からの合流も考えると75キロどころか都内まで渋滞していると考えて間違いない状況と判断できる。
時折並行する国道4号線に目をやるとガラガラで、どちらが高速道路か勘違いしそうになる。
それなのにICで降りる車は多くて2〜3台程度なのは「なぜ?????」。
普段の弥七ならとっくに降りて迂回しますが、今回は渋滞を体感する目的ですからどんな状況でも右側車線しか走行しないと決めて我慢我慢。
前後の車の人達の表情は読み取れませんが、左側はSAやICなどの利用で車の出入りが頻繁にあり、その都度新たな顔ぶれになりながら並走します。
そうした車のドライバーや同乗者を横目で観察すると、せいぜいムスっとしているぐらいでイラついていないンですねぇ。
むしろにこやかな表情の人達が多いのです。
何がよくて75キロの渋滞を楽しめるのだろう。
こうした心理が摩訶不思議で未だに謎のままです。

予想通りというか案の定というか、宇都宮を過ぎてからピタリと動かなくなり、時速は5km以下となりました。
ここまで耐えて耐えた弥七にもついに限界がきました。
左車線に移って佐野ICの側道まで目と鼻の先になってからまたしてもピクリとも動かない。
路肩を走りたいが、ここまでに路肩走行した数台が白バイや覆面に捕まっているのを見てきたから迂闊に動けない。
300mくらいなら大丈夫、という誘惑と、いやいやまずいよ今更、が葛藤している内にどうにか脱出に成功。
インターを出てすぐのレストランで車を降りた途端に身体がフラ〜っと前のめりになっても踏ん張れずにヨタヨタする情けない姿に一人で苦笑い。
猪苗代から佐野までの走行距離186km、所要時間7時間20分、故に平均時速25km。
わずか1,000円で7時間も遊べたのだから非常に安かった代わりに、体調の完全復帰まで丸2日を要する非情な代償を余儀なくされました。

結果として、渋滞した高速道路の長時間走行は想像した以上に過酷なものでした。
それでも耐えられたのは、高速走行中では気付きにくい景色や風情とか、防護壁の構造や様式美(中には逆も)、遠目ではあるが周辺住民の人々の姿と生活環境などが直に伝わって興味が尽きなかったからでしょう。
これは今回の体験の中で唯一の好印象となりました。
弥七は2度とやりませんが、今回の経験で得たものを総括して一言。
「承知で使うみなさんは偉い!!」

「願望」の果ては……(2010.4.10)
今回は賛否両論・罵詈雑言を覚悟でタブーの話題に迫ってみます。
これまでは人の寿命とか尊厳を話題にした事はあっても真剣に考えた事はありませんでした。
最近あることから妙に気になりだして考えることが多くなりました。
特に気になるのが医学の進歩に伴う高度な医療技術と遺伝子学の飛躍的な解明による様々な応用です。
遺伝子の解明により医学が進歩し、医学が求めている答えを遺伝子が導く。
専門的な知識を持ち合わせていない弥七ごときが言うのはお門違いなことは承知していますが、この二つが相互に作用しあっているうちは大いに結構だと思います。
でも、どちらも独り歩きを始めたらこんなに怖いことはないと思うンです。
病気を治したり身体を元に戻すために利用するには必要でしょう。
不自由な身体の改善や治療とか、原因不明の難病の解明に不可欠なものとして認めます。
難病や身体的欠陥を健常者に近づけるための利用なら大歓迎です。
本来はこの目的で始まり進化した分野のはずです。
しかしちょっと待ってください。
最近、これを利用して寿命を延ばせるかのような記述を目にしたり耳にします。
秦の始皇帝が不老不死を追い求めたことは有名な話ですが、これを現代医学ないし遺伝子工学で可能になるやの予測を口にする学者まで現れる始末です。
ただですら人口が増え続けている地球上でこれ以上の人口増加は地球の滅亡しかないでしょう。
だから地球以外で人間の住める惑星探しが必要になる訳ですよね。
特に遺伝子研究はひとつ間違えると本当にSFX映画さながらの事態もあり得るのではないかとさえ思います。
始皇帝が望んだ不老不死は死を恐れた結果ですよね。
望みが叶わぬと罪をかぶせて惨殺したり、逆に始皇帝を騙してまんまと逃げおおしたり、当時の世界一の皇帝が思うようにならなかったことが近い将来は可能になるかも知れない、とほざく学者が居るから怖いのです。
地球上に不老不死の薬なんぞ有るわけないし、それに代わるものが遺伝子操作だとしたら人間の増長慢にも程があるってもんです。
何のための研究なのかを我々素人も再認識して、本末転倒にならないよう注意深く監視していかなければならないと思います。
人は生まれた瞬間から確実に死に向かう、という言い古された言葉を意識して自分を見つめる勇気が必要なのではないでしょうか。
その上で、与えられた一生の間に各個人が自分の命をどう捉えるか、が人間の尊厳だと考えます。
医療の進歩と遺伝子研究の成果は本当に必要とする人々だけに使用すべきであり、我々は自然に身を任せる日々を過ごすだけで存在価値があると思いますが如何ですか?。
始皇帝の欲をとるか、お釈迦様の無をとるか、永遠の難問ですね。

腹立たしい年金の呼称(2010.3.20)
これからは支給開始年令が遅くなるみたいですが、弥七の年代は60歳〜64歳までは厚生年金(厳密には厚生年金の報酬比例分)や国民年金(厳密には国民年金の定額部分)を時期がずれるものの受け取る事が出来ます。
60歳〜64歳も老齢年金に違いないのですが、呼び方は厚生年金の報酬比例分、国民年金の定額部分、と難しくても馴染みのある「厚生年金」「国民年金」で通用します。
さて、65歳になる少し前に年金定期便が送られて来ます。
話がややこしくなるので省略しますが、同じ年金でありながら65歳からは呼び方が明確に「
老齢厚生年金」と「老齢基礎年金」となります。
65歳からは何故ことさらに「
老齢」と強調するのか……、この気色悪い呼称に腹が立っています
日本人の平均寿命から推し量っても65歳が老齢者と言えるのか疑問です。
そりゃぁ10代20代の人から見れば立派な老齢者でしょう。
その若者達が年金制度に疑問を投げかけています。
これは将来の君たちの問題だからこれから考えてください。
弥七たちの年代は、自分の老後のために当然のこと、不可欠なもの、として我慢して積み立てた自分の為の年金です。
定期預金が満期になれば利息と共に受け取る権利があるように、年金もその年令に達したら基本計算に基づいた額を受け取る権利があります。
それなのにわざわざ「
老齢」と付ける無神経さに怒っています
真っ当に言えば「長い間の社会貢献ご苦労さまでした。これからは年金を生かしてユッタリと過ごしながら長生きして下さい」と挨拶のひとつもあって然るべきじゃないかと考えるのはおかしいのでしょうか?。
ひとの積立金をあたかも「くれてやる」的なお上(官僚)の発想があからさまに見える気がします。
もったいないけど年寄りだからうるさいし、少しばかりくれてやれば気が済むべー、とも透けてくる官僚意識が「
老齢」という表現を生んだと思えてしまうのは弥七だけなのかナァ〜。
一所懸命やってきて、これからも少しは役に立つであろう人様の年金に何故「
老齢」が付くのか教えてください。
どうしても区分けする必要があるなら、もっと気の効いた表現や言葉はないものか考えたらどうだい?、と言いたい。
カタカナ文字が大好きな日本人向けに、例えば「ゴールド基礎年金」とか。
そこまではやり過ぎだと言うならせめて「金色厚生年金」とか。
スマートで説得力のある表現なら、疑心暗鬼になっている若者達も喜んで加入するかも知れません。
誰が考えた表現か今更詮索したところで気が納まる訳ではないので、今後は気持ち良く受け取れる名称に変更して欲しいと提案します。
頼みますゾ、厚労省の頭でっかちの官僚様よ。

酒から見えるもの(2010.3.20)
九州は博多に在住の友人より日本酒と芋焼酎を頂戴しました。
「九州の酒」といえば、芋、麦、蕎麦、米、を問わず焼酎と思われがちです。
昨年も熊本と博多の同じ友人からお薦めの九州の日本酒と焼酎をいただきました。
その時は焼酎ばかりが気になって日本酒は後回しになりました。
頂戴した焼酎を味わい、普段のパック焼酎を呑み干し、焼酎が何もなくなってからラベルで気になっていた長崎の五島の日本酒に手が延びました。
弥七は生まれこそ長崎ですが関東と長野で育ったようなものだし、血縁の90%が典型的な下戸なので酒の話題自体が出ないから長崎に日本酒があるなんて聞いた事もありませんでした。
お断りしておきますが、弥七も呑める程度であり飲ん兵衛とは程遠い存在です。
ただ、好きなことは確かです。
忘・新年会や月に一度の呑み会以外は毎晩の晩酌も焼酎のお湯割りを2杯までと決めています。
話が逸れました。
この五島の日本酒がとても美味しかったのです。
それなのに今回もまず焼酎から呑み始めました。
日本酒は寒い地方とか良い水の出る所でしか旨い酒はできないと思っていたから九州は日本酒の雰囲気にそぐわないンです。
でも、横目で日本酒をチラチラ眺めている内に昨年の五島の酒の味を思い出し、突然ある事に気付いたのです。
九州は海に囲まれ、高い山が連なり、大陸も近い関係で標高差や大陸からの風による寒暖の差が激しく、気象条件は非常に厳しいと同時に、阿蘇に代表される山々が九州全域に芳醇な湧水を供給しています。
米が採れ、温度差があり、水に恵まれて酒造りに至るは必定でしょう。
九州7県はそれぞれこのいずれにも当てはまり、日本酒のまずかろう筈がないと気付いたのです。
これまでに呑んだ長崎、熊本、大分、福岡の日本酒はどれも大したものでした。
あまり全国区にならないのは蔵元が小さいからかも知れないが、どれも(と言えるほどいろいろと呑んではいませんが)甘口傾向なのに後口がスッキリしている。
ワインだ!!と感じたものも2種類ありました。
辛口がもてはやされる時代に何かホンヤリとした柔らかなこの日本酒は、九州男児の象徴みたいな焼酎に対して、九州男児が決して表に出さない優しさや思いやりに通じる真逆の酒とも言える気がしています。
九州を褒め過ぎたかナ〜。(笑)

どっちもどっち??(2010.3.10)
ここ2日間、立科町内も雪に見舞われました。
けっこう降りましたのでそれなりに積もっています。
雪かきをしなくてはなりません。
山では毎日のようにやっていましたが、里に下りてからは年に3〜4回程度でしょうか。
特に今年は暖かくてまだ1回しかやらなかったのに、真冬に逆戻りして今日だけで2回もやりました(昨日は3回)。
5cmくらい積もると、共同の駐車場なので在宅者が三々五々集まって雪かきです。
山と比べればず〜っと楽なはずなんですが、これがかなりきついンです。
とにかく水っぽい。
歩きながら振り返ると靴跡がたちまちシャーベット状になって、下のアスファルトの黒い色を浮かび上がらせます。
雪合戦用の雪玉は驚くほど固く出来上がりますよ。
これを雪かき専用のスコップ(ハンドダンプとかスノーダンプとか雪はね、とも言う)で端に寄せていくのですが、2〜3メートルも押すと持ち上げるのが困難なほど重くなっています。
山の軽い雪を毎日やっていた時の方が楽だったのか、重くても年に数回で済む里の方が楽なのか、思案に迷うこの頃です。

男の仕事(2010.2.7)
昔の軍歌じゃありませんが、どこまで続くぬかるみぞ、みたいな不況は依然として居座っています。
業績回復を誇っている企業もあるようですがほんの一部に過ぎません。
高卒をはじめ大卒でも就職は困難を極めて「就職浪人」なる新人種が発生しそうです。
社会構造が変わって来ているに違いありません。
女性は寿司職人になれないと言われながら、今はグルメを唸らせる職人も居ます。
女性の地位向上や差別廃止が根底にありますが、女だてらに(これってセクハラ用語になるナー)大型ダンプや定期便の運転手もよく見かけます。
婦人警官も駐車取締りだけでなく捜査課や交通機動隊にも配属が増えています。
こうしてみると世渡りの発想を変えないといけないようです。

社会人ほやほやの若い頃「美人喫茶」なるものがありました。
店構えも仰々しく、値段も普通の喫茶店の3〜4倍すると聞きながら興味津々でした。
ある日、同業他社の営業マンと銀座で行き会い、話のタネに行ってみようという事になりました。
お互いに一人では入る勇気がなかった事が分かって大笑いしたものです。
並木通りにあったそこはドアの前に立っただけでボーイが中から開けてくれます。
目に入った内部は分厚い絨毯で覆われ、二階に上がる階段も緋毛氈ときらびやかなシャンデリア。
待ち構えていた豪華で優雅なドレス姿の女性が45度のおじぎで出迎えてくれるが(この時に客の靴を見て品定めをしていたとのウワサがある)これが何とも気恥ずかしかった。
メニューを持ってくる、注文を聞きに来る、珈琲を運んでくる、お冷やを注ぎにくる、これ全て違う人です。
美人喫茶というからには堂々と美人女性を眺めればいいのに、情報交換らしき会話で仕事のフリをしながらちらちらと横目で観察するのはすでに完全に呑まれている証拠。
店内がかなり薄暗くて、うつむかれると顔がよく見えないンです。
外に出てから、俺達の行く店じゃない!、と結論付けて一件落着させました。

その点、最近流行りだしたイケメンカフェは「カフェ」ですから明るくて観察しやすいし、お客と適度な会話もOKのようですから、好みのイケメンが居れば女性は通うでしょうね。実際にかなり盛っているそうです。
ここに就職するにはオーディションを受けるそうですから自信のある方は如何でしょう。
また、旅館の仲居さん=おばちゃんでしたが、試しにハンサムでかわいい若い男性を仲居さんと同じ仕事で使ったところ評判が評判を呼んで団体ツアー客が急増した、なんて老舗旅館もあるそうです。
もうひとつ、ヘアーサロンでもメイクを男性が行っている店が好評だそうです。
何故かというと、女性は職場や知人の男性に自分の化粧が似合っているか聞けないけど、メイクをする(指導してくれる)男性が「貴方にいちばん相応しい」とか「似合う」と言ってくれる事で大きな自信になるンだそうです。

男の職場とされた所に女性が進出して活躍しています。
女性の職場に男性が入り込む余地と必然はかなりあるように思えます。
男だから……とこだわる時代は終わったのかも知れません。

定食屋と呑み屋(2010.2.5)
先日、とある単行本を買ってきました。
日本各地の定食屋についての考察本です。
内容は歴史的なことや各地の特性まで含めて定食を語っています。
その心は、安くてボリュームがあってくつろげる事、を第一条件に挙げています。
読んでいる内に自分が通った数軒の定食屋が蘇り、空腹を満たしてくれた懐かしさと美味しさが口中に唾液を溢れさせてくれました。
ハムのように薄い肉に分厚い衣とたっぷりのパン粉をラードで揚げたトンカツが2枚のったカツ丼の美味しかったこと。
ピラフ(のような味付ライス)にハンバーグ(のような挽肉の塊)が4つものって、そのてっぺんで目玉焼きが威張っていた名前も忘れた一皿定食。
レバーとモヤシとニラと玉葱を中華風の味付けで富士山のごとくてんこ盛りにしたレバニラ炒め定食。
どれもご飯は丼に山盛りだった事は確かだし、値段は忘れたがとにかく安くて旨かった。
それを忘れてバブルの飽食に馴染んでしまった今の自分はちっとも美味しいとは思わないだろうナ〜、とも思います。
お世話になった各店も時代の変化に合わせて味付けや内容も変わっている事でしょう。
閉めてしまったかも知れないが、まだ営業しているのなら再訪してみたくなりました。

ついでに思い出したのが今は幻となった池袋西口の掃きだめのような飲み屋街。
どこもコの字形のカウンターだけだった。
そのカウンターの上には四角い大きなホーローのバットに豚の耳、鼻、しっぽ、モツ類、ここには書けない部位まで含めて本体以外の全てが味付けされて置いてあり、例えば耳を頼むとトントントンと食べやすく切ってホイと出してくれる。
豚足もここが初体験です。
それに一杯の焼酎や日本酒、とは言っても現代のものとは雲泥の差がある代物でした。
焼酎はまだカストリ焼酎だった記憶があります。
が、貧乏学生が得たわずかなバイト代で仲間と一時の憂さを晴すにはここが天国でした。
今は違いますが、当時はおぼっちゃま学校として別格だった某校がありますから通りを歩けばその差は歴然であり、店に向かいながらズボンのポケットに両手を突っ込んで裏路地をうつむいて歩き、酔ってカラ元気が出ると肩を組んで表通りで周囲を蹴散らすように足早に駅に一直線……なんてどこか鬱屈した学生でした(苦笑)。
今の学生さんはみんな大人しいですネ。
格差があまりなくなった証拠でしょうか?。

はて???(2010.2.2)
最近の女性を見ていて気付いたことがあります。
数人の女性が前を歩いています。
追い抜きざまにチラリと見ると背格好は全然違うのに、お顔を拝見すると輪郭は違うものの誰もが同じ顔に見えるんです。
むらむらと興味が沸き起こり、その場で定点観測を始めました。
人の顔は千差万別なはずなのに、4〜5人のグループでもみな姉妹みたいに同じ顔に見える。
まゆげを抜いて好みの眉墨で好みの形に描く。目の周辺も強調する。それらを引き立てるファウンデーションの使い方に敏感に反応する。
つまり化粧法が同じだから似てしまうのでしょう。
メーカーのCMやファッション誌や美容室の影響が相当に大きいと思えますネ。
テレビCMでも「お肌のメイク」とか「ヘアーメイク」を連呼しています。
あのマネキン達も同じ顔に見えませんか?。
メイク=make=作るですから、やっぱり人工的に加工することだと納得です。
たまに東京や名古屋に行って顔だけに気をとられていると、右を向いても左を見ても「あれ?さっきの娘かい?、あれ?この娘は電車で一緒だったっけ?」みたいで、服装で違いを判断するしかないのに、そのファッションすら傾向が似ているから弥七は困ってしまうんです。
いやいや、これは決して非難しているのではありません。
本音としては美しい、とか可愛い、とか個性的、という表現があてはまる女性を好もしく感じます。
個人的には、ブランド美人より個性的なファッションでさり気なく歩いている女性を見つけると嬉しくなるんです。
でも、しばらくするとそんなファッションが町中にあふれてくるんですねー。
女性はめざといですから弥七ごときが気付いたことなんぞアッ!と言う間に取り入れてしまうのでしょう。
若い女性に限らず中年女性も同じで、思わず「えっ!いくつぐらいだろう」と顔を覗き込みたくなる時もあります。
早い話、近ごろの女性は年令を問わず大変に美しくなられた、と言いたいのです。
特にこの15年はすさまじい変化が起きたように思います。
男はまだ出遅れていますが、情報によると男性にもそんな時代が始まっているようですナ。

ファッションではなく顔(化粧)に関しては、失礼ながら「素っピンはどうなのだろう……」とつい考えてしまいます。
あるお宅に伺ったところ、出てきた奥さんはまだ化粧をしていませんでした。
その方に後日お会いした時に「私の素っピン見られちゃったな〜。亭主と子供と弥七さんだけだよ」とこぼされましたが、返事にとても困りました。
弥七は素っピン、ないしスキンケアーを施した程度の状態の女性が一番きれいだと思っています。
年令相応の美しさが出せるのもこんな手入れが一番だと思っているからです。
整形手術でイメチェンするのも普通の時代になった事は重々承知していますから、整形による美の追求を否定はしないけど、元々の血を受け継いで生を受けた子供さんが成長した時に自分をどう思い、しかも事実を知ったら自分も整形するのかナァ。
これを子孫が代々繰り返すと、ダーウィンの進化論に准じて「本物」になるのだろうか?。
見た目も大事だが内面的な進化も是非お願いしたいものです。

年末を迎えて(2009.12.27)
年賀状を投函して、あーぁっ!今年も残り少なくなったナ〜、と感傷にふけっています。
忙しかったような、呑気に過ごしたような、特に良くもなく悪くもなく、要するに無難な年だったと思う。
猛烈な腹痛に襲われた時は単なる呑み過ぎだったし、新型インフルエンザだぞと脅かされた病状も一晩で治った普通の風邪だったから健康面も問題なかったし。
しか〜し、昨年の1月に続いて今年も怪我に泣かされました。
11月中旬、自分の不注意から重さ約30キロの鉄枠が倒れて左足親指を直撃。本当に痛かった!!。
だけどリンゴ集荷の最盛期につき素知らぬ顔で仕事を続け、昼休みを利用してドラッグストアに走り止血剤と包帯で人知れず仮治療。でも帰宅して靴を脱いだら血が溜まっていた。
これはヤバい……と行きつけの病院に飛び込んだら「アンタなに考えてたの。救急車を呼ぶからそっちで手術して入院だよ」と怒られてしまった。
絶対に休めないから何とかして欲しい、と必死に拝み倒して閉院後に爪に穴を空けながら7針縫って止血に成功。
親指第一指の粉砕骨折および一部神経の断裂で全治3週間とのこと。
翌日はみんなに「ごめん、U字溝に落ちて捻挫しちゃった。迷惑かけるけど勘弁して」と誤魔化して仕事を続ける内に経過良好とのことで2週間で抜糸にこぎつけました。
但し、爪は再生不能なのでその内に剥離するし、骨も粉々でつなぎようがないからこのまま固まるのを待つしかないとのことでしたが、もう十分に満足ですし不自由はありません。
抜糸したおかげで、ひっつれていた指が楽になって動きやすくなり一気に回復したからです。
こんな具合でここ3年は医者にお世話になるほどの怪我を毎年一度はやらかしています。
過去7年で怪我による手術は5回。先生や看護士さん達から「あんたは病気じゃなくて怪我しか来ないネェ。うちの本業は内科と小児科なんだけど」と嫌みを言われて凹んでいます。
40年以上吸い続けた大好きなタバコをやめて早4年半。
このせいで健康で居られると認めても、こう怪我ばかりじゃ意味ないですねぇ(しょぼ〜ん)。
そうだ、これで来年の目標が出来た!。
『怪我をしないこと』

携帯電話(2009.11.22)
10/25に携帯電話を買い替えました。
とても気に入っていたのですが、「いまどこに居るの?、パチンコ屋か?、雑音がすごいゾー」とあらぬ疑いをかけられる事がたまにあったのです。水に濡らしたり激しく落とした憶えもないし、声は明瞭に聞こえるので相手がおかしいと思っていたのですが、そのうちに応答しているのにプツンと切られるようになってしまいました。
いつもお世話になっている某店に修理の依頼をしたら、2〜3週間あずかるので代わりの携帯を貸してくれるとのこと。
携帯音痴の弥七としてはたった2〜3週間でも使い方に悩むつもりはないので同じメーカーを要求したら貸し出し用は無い、とつれない返事。
すかさずベテラン販売員が「あのー弥七様……いまお調べしたらポイントがかなり貯まっていますし、ちょうどお薦めの機種が特価になっていますから無料で機種変更が可能ですよ」とサラリと2種類の携帯を見せてくれる、と言うか見せられたンです。
片方はこれまでと同じメーカーのものですが色やデザインが派手で気分はペケです。
そして実にまずいことにもう片方は以前から気になっていたメーカーの携帯で、しかもシンプル&地味目という、見た瞬間に決まったようなものでした。
前の携帯もこのお嬢に薦められ、その時に弥七のわがままを最後まで聞いてくれたので気持ち良く決めました。
その時の印象だとか記憶があったのでしょうか心理状態を見抜かれていましたネ。
こうなればお嬢の為すがまま言われるまま、「はい」「うん、いいよ」「あっそう」しか言葉にならない体たらく。
でも、ポイントの対象にならないナンチャラ手数料とかの1,400円だか1,500円だかを支払っただけで新機種をゲット。
狙っていたメーカーのものだけに嬉しさいっぱいで帰宅してすぐに戦闘開始。
メーカーが変わると勝手が違い、そこそこの使いこなしができるまで2時間もかかりました。
もはや脳が固くなっているのでしょう。
そんな時に限って電話やメールって来るもので、メールは面倒なので電話をかけ、電話はそのまま話すと相手の声は聞こえるけどこちらの声が聞こえないらしくて切られる。
かけ直してはくれるけれど情況は同じらしくてまた切られる。
あるいは声が途切れたり雑音が入ったり、と買い替える前に後戻り。メールでその旨を伝えても返信がない。
自分の使い方が間違っているのでは……と不安になっていると「申し訳ない。最近どうも携帯の調子が悪くて」と連絡が入る。
ちょっと待てよ、自分の携帯が悪かったのではなくて相手の方が不調だったのかい?、なんて疑い、一方でメールの返信がないのはやはり自分の使い方か?、と不安になる。
「お前の携帯がおかしいバイ、早く替えろっ」と言いたくて本気で使いこなしに取り組んでいると、極めて普通に「携帯替えた、ゴメンな〜」といなされてしまった。
この一ヶ月で弥七を含めて周囲の4人が機種変を行った事になる。本当に故障だったのかナ〜??。
脇に目をやると気に入った携帯が渋く輝いている。
まぁいいか!、気に入ったのは確かだし……。

音楽は偉大なり(2009.8.18)
うっかり忘れていたジャズライブを思い出して8/17に女神湖の野外音楽堂に出かけました。
今回はプロのジャズメンバーと某大学の音楽科のジャズメンバーとのコラボで、その中には弥七も旧知の息子さんがドラマーとして参加しています。
彼はドラムに興味を抱いてから毎日練習していましたし、高校生の頃からプロに混じって演奏したこともあります。
大学で本格的に音楽の勉強や練習に入ってまだ5ヶ月なのに、ドラムを叩く仕種に迷いがなく、音も力強く、リズムに乱れもなくなっていました。以前は何か自信なげな様子がでたり、他の楽器に置いていかれたりすることがあったのですが、ひと皮むけていたのには驚きました。
好きな事に一途になって適切な指導を受けると一気に進歩するンですね〜。

その帰り道に自分と音楽のかかわりを考えてみて余りの無節操ぶりに我ながら呆れてしまいました。
まず、「これは絶対に好き!」と言うジャンルがない。そのかわり演歌からモダンジャズまで何でも聴くし、そこそこの曲は口ずさむ程度ならできる。苦手なのは絶叫系と早口(まくしたて)系ですかネ。
ある日の深夜、一人でエレベーターで降りている時に「死刑台のエレベーター」と言う映画を思い出してテーマ曲を口笛で奏でていました。こんな古い映画を知っている人は少ないでしょうが、弥七にとっては主演のアランドロンとフランス映画特有のアンハッピーな終わり方は強烈なインパクトとして残っていましたから思い出したのでしょう。

弥七のジャズは有楽町のモダンジャズ喫茶を思い出し、真夏の暑さを感じると行った事もないのに沖縄のリズムが心地よく、シャンソンを聴くとパリが懐かしく、タンゴを聴くとアルゼンチンに憧れ、フラメンコのリズムで踊りたくなり、演歌で胸がジーンときてフォークソングで若かった頃の友の顔が浮かび、ヨーデルでアルプスのトレッキングに行きたくなる。
こんなバラバラな弥七ですが、人の心の奥底は音楽で表現できるものだと感じた一日でした。

再 会(2009.8.16)
8/11、女神湖の花火大会に出かけました(Hot News 参照)。
仕事の合い間に店の前から観ていた時と違って、お客の立場で鑑賞するのは良いものですネ〜。
今回は女神湖通りをゆっくり往復しながら歩きました。
すると、別荘の方々、毎年この時期に必ず来店してくださった方々、最近は滅多に行かなくなった諏訪方面の知人など、わずかの距離を往復しただけで20名を越える人達と思わぬ再会が出来ました。
お顔を合わせて声を聞くだけで近況も何もいらない、ただ懐かしい。
それでいながら昨日も話をしたような気分で接しられる日常感は心が安らぎます。
こんなさり気ない再会がある(できる)事をあらためて体感しました。
花火の華やかさと対極にあるような、地味〜な安堵感に包まれて至福の時を過ごしました。
さらに、8/15には思いがけないお客さまから女神湖で宿泊する…、との3年ぶりの電話があって弥七はすっ飛んで行き、2時間ほどご一緒しました。
花火大会で出会った偶然の再会。連絡をもらっての再会。
どちらも時間の経過を感じさせない普段着の会話ができたことで人間は実に素晴らしいと思いました。

念願が叶いました(2009.7.24)
かざぐるま閉店以来、ず〜っと気になっていたメニューの提供が「KZ'meal」として発売できる事になりました。
時間はかかりましたが、それを実現できた今の弥七はとても幸せです。
これからホームページをアップします。
どんな出来上がりだろうと実現できるこの一瞬がスリル満点です。
もし万一、納得できないところがあれば明日、徹夜してでも訂正して掲載し直します。
現時間、7/24PM23:43、送信開始します。南無阿弥陀仏

がっかり!してます(2009.5.31)
閉店後の「かざぐるま」に初めて触れてみます。
一年以上を無人で過ごした昨年の秋、足場が組まれて全面塗装を行っていましたが、山で使ったら役にも立たないペンキ塗装が施されました。
ペンキ特有のテカテカ光った毛羽毛羽しさと、その配色に唖然として理由もなく恥ずかしくなりましたね。
でもその時は、人様に渡したものだし好みの問題ですから文句を言う訳にもいかず、肩を落として引き揚げました。
冬の間は見るのも嫌で近付きませんでしたが、5月末に女神湖に行った折に久しぶりに訪ねてみました。
工事を行ったから営業すると思っていましたが、結局は何もせずに無人のまま冬を越したみたいで、雪が消えたのに花壇の手入れがされていませんから大切にしていた花や、貴重な高山植物が絶えていました。
しかも山の厳しい冬を放ったらかされた建物はどうにもなりません。
ペンキですから、たったのひと冬でせっかく塗り直した塗装が禿げたりムラになった荒れ果てた様子に言葉を失いました。
無知でセンスのない新オーナーが何を考えているのか分かりませんが、見なければ良かった…と後悔しきりの弥七です。マジがっかりしています。

気になるクルマ社会(2009.5.31)
最近は運転や道路事情が妙に気になっています。
そんなボヤキを書いていたらとめどなく書きたいことが出てきて収拾がつかなくなってしまいました。
懸命に整理して2項目に分けて別ページに掲載します。
全部を読むととても長くなります事をあらかじめお断りしておきます。
               気になる方は
こちらからお入りください。

高速道路のダンピング (2009.4.12)
1,000円で高速道路が乗り放題、ってそんなに波及効果があるのでしょうか?。
テレビ各局が何度も流していましたが、弥七にとってはNews Noiseでした。
とはいえビジネスユースなら、こんなご時世ですから確かに有効ですし容認できます。
でもレジャーとなると本末転倒の気がします。1,000円払って好みのSAでお買い物?、ただ走るだけ?。
ごめんなさい、もちろん目的があって利用する人には有効ですネ、認めます。
ただ、利用者の90%は「1,000円だから」高速道路を使っているだけの気がします。

※ 弥七は昔からアンチ高速派です。
1:運転者はただ前を向いて走るだけで、つのるは疲労感だけ。
2:防音壁や車線ラインだけの視界は単調、かつ面白さゼロ。
3:車の性能がものをいう一本道(違反のリスクを覚悟なら)
4:眠くなる。どうしても眠くなる。
※ 時間がかかっても一般道を利用する楽しみ。
1:流れに乗って自分のペースで走れる。渋滞もまた楽しからずや。
2:目線が歩行者とほぼ同じで周りがよく見えて、その街にとけ込んだ一体感を味わえる。
3:目についた所にすぐ立ち寄れる。ガイドブックにない思わぬ発見にほくそ笑む。
4:結果、地元御用達の「食堂」で旨いものにありつき、店主と一期一会を過ごす醍醐味。

同じ目的地に1時間で着いても何の感動がないよりも、3時間かかっても何かの感動が得られる時間の過ごし方が好きなだけです。
目に写った残像の感動じゃなくて、心に残る心象に惹かれるのです。
現在の地球上は紛争や不景気が引き起こすありとあらゆる醜さが蔓延してフラストレーションは溜まるばかりに思えます。
弥七はこういう時にこそ便乗して相乗りを楽しみます。
忙しいならとことん忙しくする。暇なら鼻くそでもほじってゴロゴロしていればよい。
金がかかるなら諦めればよい。不満があれば声に出して胸に溜めなきゃよい。
何とかしよう、人と同じで居よう、と無理するからストレスになるんだと思います。
時間を金で買うよりも倍の時間をかけて過ごす気持ちの余裕が、時に行幸を恵んでくれます。
話題に操られて「1000円ならとりあえず行ってみようか」こそ無駄な時間と無駄な労力だと思いますけど。

意外な出来事 (2009.4.12)
先日(4/8)NHKテレビを点けっ放しにして新聞を読みながら一杯呑んでいたら「立科中学の○△※◎◇☆」と聞こえ、ふと見ると立科町の旧中仙道・茂田井間の宿で揃いの真っ赤なジャージ姿の中学生達と松任谷由実が談笑している。
TV欄によると「SONGS」のPart 1「中学生との出会い」とある。
弥七は松任谷由実がユーミンの愛称で人気のあるシンガーソングライターで、何曲かは聞いた事あるかなー、程度の認識ですから、小さな立科町と全国区の松任谷由実……???、みたいな感じで観ていました。
ユーミンは30年前から立科に通っているそうで、昨年、ひょんな事で中学生に出会ったのが切っ掛けで交流が始まった、と語っています。
そして今年の3/18、立科中学校の卒業式に出席して卒業生の歌う自分の曲に耳を傾けていました。
その直後、彼女は今年最初のアルバムをリリースし、その中にはこの交流で生まれたと語る『ハートの落書き』が収録されています。
番組のエンディングで歌われたその曲の中には「今もそれぞれの夢の途中……」と言うフレーズがあります。
ちょっと勇気が涌いてくる詩ではないですか?。

この「弥七のつぶやき」コーナーは、店主が思いつくままに勝手なことを書き込んでいます。
ご意見、ご批判、感想も多々あろうかと存じます。
そんな場合は実名、匿名を問わず下記までメールをどしどしお送りください。
Mail:kazaguruma@venusline.net

Top